あたまの中の引き出し

備忘録のような分析のような日記のような

新しいドラマのほもが美味い。

あけましておめでとうございます

新年一発目の更新がこれでどうしようとも思いましたが、久しぶりに『書いてやろう!!』という意欲が湧きました

 

だって

新ドラマのほもが美味いんですもの\(^p^)/

 

木曜22:00〜の『隣の家族は青く見える』(違ってたらすみません)

 

てっきり湊かなえ系の隣人トラブル系ドロドロドラマを期待して何の予備知識もなく見始めたのですが、ん??あれ???\(^p^)/

 

簡単なあらすじを話しますと、

4軒の家が集合住宅みたいになったオシャレデザイナーズハウスに住み始めた4組の夫婦とカップルの話。

と言っても、最初は3組だったんです。

主人公夫婦(不妊治療始める)

商社マン夫婦(子どもいらない主義?)

夫婦と子供2人の一見理想の家族(夫失業中で嫁にいびられる)

 

そして、四軒目は、デザイナーの男が住む……予定だったんですが!

そう!この彼が!!恋人を作らず!会社の女の誘惑にも乗り気でなく!!

この辺で腐女子たちは嗅ぎつけ始めますよね!!

 

仕事帰り入ったバーにいた泥酔青年と目がバッチリ合います。

青年は友人の結婚式後。

友人は以前付き合っていた。

行きたくないのになんで行ったのか?と聞かれ、一言

「どんな女か見てやろうと思って…」

 

(^q^)

 

いいですね!!!

ドラマでこんな出だし15分くらいでこんな濃厚な出会いをやってくれるとは。そしてよくドラマで誇張される『いかにもなゲイ』じゃないところが嬉しい。

個人的に『クレオパトラな女たち』と『怒り』に次ぐいい感じのゲイの雰囲気。見てる人に嫌悪感や偏見を持たせないように配慮されてる。

 

そしてですよ!

これだけじゃ終わりません。

 

青年はデザイナーと店を出て、酔った勢いで壁ドンからの「あなたもこっちの人でしょ」でチュー……

 

いやいやほんと何を見せられてるんだ……地上波だよね???世の中も変わってきたなぁ

 

年上デザイナーと年下青年ってのもまたいい

青年、ワンコ系。

 

そして1年後に移り、4組が住み始めます。

まだこの時は1人のデザイナーのところに、なんとこのワンコが押しかけてきます。アパート引き払ってきたから一緒に住ませて!と。あの後ずっと付き合っていたようですこの2人。

当然デザイナーは「いやいや!こんな4軒しかない密集したとこで、なにやったかもすぐばれちゃうから無理でしょ」的なことを言うものの、押し切られ(そこがまた可愛い)バレないように?生活が始まりました(といっても2話でチューを目撃されそうである)。

 

 

なんだこれ

おそらくメインは妊活の深キョンと松ケン夫婦なのに、ゲイカップルしか入ってこない!!むしろ幸せそうで眺めてたい!!!

 

どっちがどっちなんだ……って考え始めるとウキウキしてくるあたり、腐ってないとまだ言えない。

 

あからさま過ぎず、誇張しすぎず。

いい具合のホモでした。

 

来週以降もこの2人の行く末を眺めようと思います

(クレパトのときのようだ)

 

幸せになって欲しいなぁ……

 

興味ある方、ぜひ!

生理前にイラつく

生理前はイラつく、って話を一般的よくに聞いていたけれど、「自分はあんまり関係ないなー」って他人事に思っていた。

ら。

ここ4ヶ月くらい、見事に生理前、日記(というより簡単なメモだが)に『イラつく!!!』と書いてあって笑ってしまった。

合っているようだ。

 

せっかくイラついてるので、個人的によく「うわぁイラつくわー:(  #´°ω°` ):イラッ」って思う瞬間を考えてみた。

 

 

まず、

『考えて出した意見を否定された挙句、その先具体的な案は出さない上司』

 

わかりますか。

いいんです。たとえそれが「いや、そう思ってんのお前くらいだわww」っていう私情で、否定されたとしても。確かに良くないところもあって、経験豊富な人から見れば思うところがあるのかもしれない。上司の意見には耳を傾けるし、反発はしません。

 

でもですよ!!

「それおかしくね??どうかと思う」

って否定したら、代案立てる、または一緒に考えるのが筋だと思うんですよ。

だってこっちはいいと思って意見を言ってる。ダメだというなら、どこをどうするか、どうしたいかの考えがあって初めてダメだと言って欲しい。

 

「なんかいい案はおもいつかないけど、それはなんかイマイチじゃない??かといって代わりの案は思いつかないけど」

 

ってなんなんだよ(^ω^#)

ただダメ出ししたいだけじゃねーか(^ω^#)

 

「なんかないですかね、」

「どうしたらいいですかね」

っていうと

「自分で考えろ」みたいな空気出すのよね(^ω^#)

すぐ人を頼る、じゃないからね。

もうめんどくさいから最初からそっちの希望受けますよー

って諦めてるんだからね(^ω^#)

 

 

なによりさ、自分なりに一生懸命考えたことを立て続けに否定されるのって凹みますよね。

一言褒められるだけで違うんだけどな。

「それやりたいんだ!でも~かもしれないから、じゃあさ、~してみればいいかもね!!」

って言ってくれるだけでやる気も変わるんだけどな。

 

 

 

自分も気をつけよう。

 

 

頼めない人は頼める人が羨ましい。

昔から人に何かを頼むのが苦手である。

時間がないから代わりにやってちょうだい、とか

出来ないからやってちょうだい、とか

 

相当親しい間柄で、ふざけて頼む事はあっても、

めったに頼めない。

 

そういう人間は結構いるんじゃないかと思う。

第1に『相手に嫌がられたらどうしよう、断られたら、嫌われたら、陰口を言われたら……』

というネガティブな気持ちから。

第2に、これは今気づいたのだけど

『頼んで、自分が思っていたものと違ったら、自分は納得いくのか?』という気持ちから。

やってもらったからにはどんなものでも受け入れるしかない、と思うし、自分が修正なんてできない。

それならいっそ自分でやった方がマシ、と思ってしまう。

 

あとは純粋に『貸し』は作っても『借り』は作りたくないのかもしれない。……書いてて思ったがなんつー性格だ……。

 

そんないろいろでやってきたので、

CDが欲しければ自分で焼く方法わからないから買ったし、

苦手な裁縫も苦手なりに時間をかけてやった。5針に1回は指に刺して血が出たので、せっかくだからとそれをネタに二次創作したこともある。

 

こういうタイプは『大丈夫?』と聞かれても『大丈夫です』と答えてしまうのだと思う。本当は心の中で『大丈夫じゃないよ!!見てわかんないの!!』って泣きそうになって必死なのに。

 

『手伝えることあったら言ってね』だと確実に頼めない。

『手伝おうか?』も、『お願いします!』と言った時に相手の表情が少しでも曇ると怖くなる。多分相手は!いつも通り私が『大丈夫です』って言うのを期待してたのだ、と。

 

救われるのは、たまに『大丈夫です』って言っても、『大変そうじゃん!』『やるよ!』と押し切って『社交辞令じゃないよ?』とアピールしてくれる人がいること。

それから手伝う前提で『どこやればいい??』って聞いてくれる人。『◯◯ならやるよ!』と、言い切ってくれる人。

 

こうして書いてると、つくづく面倒な性格だなぁ、と思うんだけど、私だけなのだろうか。

 

 

ちなみにこういう『頼めない人間』は『頼める人間』に会うとすごく羨ましくなります。

 

あぁ、こういう人間になりたかったなーって。

 

そして自分が『頼みたいのに頼めない辛い時』に頼まれると無性に悔しくなる。

 

いっぱいいっぱいなのに、なんでわかってくれないのー!?って。

そのくらい自分でやれーー!!

 

って。

 

できない、んじゃないんだよ、

やろうとしないだけ。

やろうとしてる、じゃないんだよ。

なら、そもそも誰かに頼まないでしょ。

 

高い理想を実現したいのはみんな一緒。

楽してお金と時間をかけず、いいものを得たい。

でもできないなら、できる範囲で、能力の範囲で、

やればいいんじゃないのかな

 

私が周りに厳しすぎるんだろうか。

嫌な性格なんだろうか。

素直に周りに尽せばいいのだろうか。

 

 

 

 

 

感謝されるのは好き 褒められるのは苦手

ほんと自分の性格の歪んでるところなんだけど

感謝されるのは素直に嬉しいし好きだけど、

自分がしたことで褒められると疑心暗鬼になってしまう

なんて返したらいいかわからない

 

得意分野で活躍した時

「すごい!さすが!あなたに頼んでよかった!!」

「なんでこういうことできるのー!?さすが!」

「◯◯さんがこんなにうまいから下手に私できない!」

 

褒められるほど、疑ってしまう。

裏を読んでしまう。

 

またやらせようという魂胆で褒めてるのかも……。

本当はダメなところあるけど、頼んだ手前、しかも『得意』な相手に対し言えないのかも……。

ほんとはやりたかったのに、私が仕事をとってしまったのかも……。

 

超ネガティブというか、どういう育ちしたんだって感じですが、ほんともうどうしたらいいのやら。

 

 

褒められて素直に『ありがとうございます!』『またいつでもやりますよ!』って言えればいいのに、

「うわ調子乗ってる」

「ほかの人に頼みづらい……」

って思われてるんじゃないかとか。

 

だから得意分野でも立候補ができない。

本当はやりたくても、前回やった、となると『おまえばっかやりたいんじゃないんだよ!』『得意だから張り切ってる』

って思われるのも嫌だし

 

毎回出来たものを持っていく度過剰なリアクションで「なにこれー!?すごすぎ!!見てみんな!!」なんて褒められるとさっき言ったような疑い深さが出てしまう。

 

かといって『すごい』と言われないような手を抜いたものも出来ないし、手を抜いた時にがっかりされるのも嫌だ。何より好きな事はとことんやりたい。

 

ジレンマだなぁと思う。

 

かといって「◯◯さんやって!上手だから!あたしたちにはできないわ!」なんて言われるのが続くと、あれ?押し付けられてる???なんて思ってしまう自分も嫌だ。

 

本当わけわかんない人間だなぁと反省するばかりだ。

 

 

そんな中「わたしなんかでよければ!」

「こんなんでよければいつでもやりますよ!」

という言葉を聞いた。

謙遜しつつ、やる気も見せて、なおかつ相手に強制もしないで判断を委ねる。

 

そんなすごい一言を明るく言えたらどんなに周りが喜ぶだろうか。

 

相手に恩着せがましくなく、それでも役に立てるような自分でありたい。

 

次自分が役に立てる時が来たら、「私でよければ」と提案しよう。それが私のいる『価値』であるのなら。

「まあやりたくないならほかの人に頼むからいいよ」と言われるくらいなら喜んで引き受けよう。

 

『価値ある人間』でいたいから。

 

 

腐女子と合コン

 

久しぶりに書くタイトルじゃない気もするのだけど。

 

先日、合コンに行ってきました。

飲み会という名の、実質合コン。

もともと男が苦手、というのもあってこういう飲み会もほぼ初めて。(ほぼってなんだ、見栄を張るな)

 

普段からアイドルとかイケメン俳優とか2次元とか見慣れすぎて、リアル男子を見ても「お……おおう!」としか感想は抱かなかったのだが、まあなかなかない経験だったので楽しめた。

街ですれ違う男性を見ていても9割「うわーこの人とは手つなぐのも無理だわ」って感じの私。稀に「2次元かよ!!」ってイケメンが歩いてるとほんとガン見しちゃう。=付き合う、結婚じゃないんだけども。

 

何年か前に雨の交差点で見かけたちょっと厨二坊ちゃん風美少年とか、

呉服屋で働いてた着物が似合うスパダリ風男性とか、

ケーキ屋のちょっと体弱そうな美青年とか。

 

そんなのは稀なんですよ。

だから見かけると興奮するんですけどね!

 

話がそれましたが、なんやかや楽しかった合コン。

そもそも男性陣は知り合いの男の人(以下Aさん)が集めてくれたメンバーだったんですが、ここで眠らせていた腐女子の血が騒ぎ出したのです。

 

メンバーみんな、Aさん大好き。

 

(*゚0゚)ワーオ

 

Aさんの隣を陣取り、こそこそ話したり、

「Aさん大好きでっす!」宣言したり、

Aさんの話を楽しげにする皆さん……

 

女性陣からすればAさん(だが男である)の取り合いかよ!!

と置いてきぼりを食らうところでしょうが、

1人ウキウキしてきた私……

 

ダメだ……もう完全に腐った目になってしまっている……

一般女子に擬態したものの脳内は完全にあれやこれや

 

挙句某彼(Bさんにしますね)から「Aさんと2人で映画行った」ネタをいただきましたー!!!!ゴチです!!!!

 

男2人で映画て!!!

 

 

もうさ、

Aさん(彼女持ち)←Bさんという構図がね……

    ↑         なんならそこに

Cさん(Aさんの同僚)

でもいい……

 

「お前オレと映画もいいけどさ、いい加減彼女作れよー」「まさか女に興味無いとかじゃないだろ?」

といわれAさんに誘われ合コンに来たBさん。

でも本命はAさんだからどの女にもなびかないBさん

「だって僕が好きなのは────」

 

 

……つら!!!!(;Д;)(;Д;)

 

こうなると

「彼女いないんです」も意味深だな……

 

「彼女いないんです(だって僕にはやっぱり彼しかいないから…)」

 

 

……つら!!!!!(;Д;)(;Д;)

 

 

万が一、私とBさんと付き合うことになって、BさんがAさんをまだどこかで追っていたら応援したい。彼女として応援したい。上手くいったらそれはそれで。私は二番目の女でいよう、そのかわり定期報告は忘れないでいただきたい。

 

そんな不埒なことを考えながら社交辞令メールに返事したのだけどかれこれ1週間……それっきりである。

不埒な考えがバレたかな。

それとも合コン後、2人の間になにか発展が……!?ドキドキ。

 

「お前、アドレス交換した子とやり取りしてないの?」

「っ……するわけないだろ!」

「はぁ?なんで怒ってんの?そーいうとこで草食だからお前は……っおい、何」

 

壁ドーン(ノ*°▽°)ノ

 

「僕が、草食だって……?」

 

とかなんとか。

だめだわ、妄想ばっか捗ってしまう……自重自重。

これだからダメなんだろうなーー

男の人二人以上いれば腐った目で見てしまう……

そうか、一対一のお見合いが向いてるのかな……

 

Bさん、返事いらないからAさんとこれからもお幸せに……

映画行った報告とか待ってます☆

 

 

 

(´Д`)ハァ…

 

 

 

 

 

 

 

結婚と独身どちらが楽か

この年になると(アラサーだ)、嫌でも結婚のことを考えてしまう。

 

周りの友だちも「結婚したいね」

家族も「早くいい人見つけてね」

 

で、結婚がまるで原稿の締切のようだ

迫られる

 

話の流れで「結婚したいねぇ」

と私も言うのだが、私の中の『結婚したい』は、

 

結婚する→仕事を辞めたい

あるいは、

結婚する→母親を喜ばせ、友だちに羨まれたい

 

の気持ちでしかない。

 

わたしは本当に結婚したいのか???

 

まず誰かと常に一緒に暮らすのが耐えられない。しかも価値観の違う人。そして嫌われないように気をつかってしまう。無理をしてしまう。

 

そして相手の家族親戚との付き合い。

今ですら両親の親戚の顔と名前がハッキリしないし付き合いが面倒だと思っているのに、さらに増えるのか。

 

そして一人の時間がなくなってしまうこと。

これが一番ダメージが大きいのではないかと思う。

基本的に買い物も一緒に店を回るとか嫌だし、1人で部屋で好きな読書をしたりアプリをしていたい。

友だちとも遊びに歩きたい。

結婚したら自由に時間もお金も使えないだろう。

 

これらが全てのしかかるのか。

そう考えると、結婚したいと言えなくなってしまう。

『結婚しなくてはいけない』

なのだ。

 

 

子どもができればもっとそうなってしまう。

全てが子どものため、子どものこと、子どものもの。

子どもは好きだし、欲しいと思うが、そこまで引き換えに愛せるだろうか???

 

 

結婚は幸せというが、本当にそうなのか??

世間のイメージがそうさせてるのではないか??

 

人類の種を残していくためには結婚、出産は不可欠だ。

 

では義務になってしまうんじゃないか??

 

「結婚しない」

「結婚する必要が無い」

 

というのは今の世の中でとても勇気がいることだと思う。

 

老いた時、確かに不安はある。

誰にも看取られず死ぬ寂しさ。

種が残らない虚しさ。

 

でもそのために結婚、というのなら

やっぱり義務じゃないか??と思う。

「1人で死なないように結婚しなきゃ」

って。

 

 

もしかしたら、そういうのを全てひっくり返せるくらい、

愛する人ができるかもしれない。

幸せな生活になるかもしれない。

 

それが一番だと思うんだけど、

今の私は一人が楽だなぁ……と思ってしまうのだ。

 

ぬるま湯に浸っている気分だけど

結婚をしなくていい、しないことが特別変ではない社会になったら幸せだなぁと  思うんです。

 

 

物を捨てるのが苦手な原因を考えてみた

部屋にものが溢れている……ということで、いわゆる『捨て活』を始めようと決心した。

 

20代も後半……さすがに着られない服、バッグ、ブームが去ったCDにマンガ本……といろいろある。

しかし物が捨てられない。

壊れたり、汚れれば捨てられる……というわけでもなく、愛着があると『いや、まだ大丈夫……』と使ってしまう。

当然もったいない精神も強くて、好みが変わっても『まだ使える』なら捨てられない。実家がそんな感じで(長く大事に使う、貰い物を使う、またはあげる、お下がりなど)、とてもいいことなのだろうが、おかげで明らかに消費期限を過ぎてても、捨てることに踏み切れない。

 

特にやっかいなのは『貰い物』だ。

一人暮らしを始める際、まだ学生でお金がないため調理器具やカーテン、毛布、こたつ、食器棚といろいろ友人や親戚から頂いた。10年も経てば社会に出てある程度自由なお金もでき、家具店などで「あ、これかわいい」というのを見つける……しかしまだ使える貰い物を捨てるわけに行かない。壊れたりすればそれを理由に出来るのだが、そういうものに限って持ちがいい。

 

貰い物といえば、ぬいぐるみやキーホルダー、アクセサリーや服も捨てづらい。好きな人から貰えばもちろん、興味の無いものを興味の無い人から貰っても、後から「あれどうした?」「使ってる?」なんて言われれば困る。

 

とりわけ『捨て活』をしていて後ろ髪を引かれながら捨てたのは、『関連する楽しい思い出がある物』である。

ライブグッズや、写真、友だちと選んで買った服、二次創作グッズ(オタク限定だが)、ハマっていたDVDにゲームなど。

 

それに触れることで楽しい思い出が蘇る。

逆に、捨ててしまえば、楽しい思い出をもう思い出せなくなってしまうように感じてしまう。

 

 

 

……と、ここまではよくある『捨てられない』心情だと思うのだが、私の『捨てられない』はさらにやっかいなものがある。

 

それは、なんでも擬人化してしまうのだ。

ゴミ袋に入れる瞬間、捨てる物の気持ちになってしまう。

ゴミ収集車に入れられ、あの回転する刃(よくわかんないけど)に巻き込まれ、他の生ゴミやら紙くずやらと一緒に押しつぶされる。

そしてゴミの山の中にいたあと、燃やされる。

 

人の死を連想してしまうからだろうか。

なんなら人の死の方がまだ優しい(当たり前だが)。

私がこの物の生死を握っているのかと思うと、本当に捨てられない。プラとか缶とか燃えないゴミならそんなに辛くはないのだが。

 

壊れてしまえば、それが『寿命』となるのに、まだ生きている物を捨ててしまうのは自分が裁判官になって死刑宣告をしたかのようだ。

 

こういう考えの『捨てられない人間』はどれだけいるのだろう。そしてその人たちはどうやって捨てているのか知りたい。切実に。

 

ひとまず罪悪感を少しでも払拭するため、今は

・『ありがとう』と心で感謝して捨てる

・塩を振る

・写真を撮る

事にしている(下に行くほど捨てられないもの)

 

今日も思い切って服を袋一つ分捨てることにした。

捨てると案外気持ちがすっきりするものだ。

過去の物に縛られているのだろうか。

 

捨て始めるとあれもこれも、と意外に捨てられるものだ。

 

まだまだ整理できてないところがあるが、目標8割にまで減らす!でちょくちょく片付けをしたい。

 

最大の敵はぬいぐるみ達である……売るのも嫌だが(他人が使うのが嫌だ)捨てるのも辛い……し怖い。うーむ。