あたまの中の引き出し

備忘録のような分析のような日記のような

スマスマお疲れ様でした。

根っからのSMAPファンではないし(むしろV6担である)、スマスマも小さい頃見ていたくらいでかれこれ10年以上見ていない。そもそも小さい頃が小学生くらいなので内容もほとんど覚えていない。生卵飲んでたなーとか、キムタクがうさぎの着ぐるみ着てたなーとか、料理作ってるなーとかそれくらい。

 

しかし、なんとなく見てしまい、泣いてしまった。

 

デビューは私が生まれた年だ。

その時あどけない少年だった写真が流れ、

この時彼らはこんなにも長く愛され、有名になる、そしてこんな終わり方をするということを知らなかったんだと思うと切なくなった。

 

SMAP以前にもジャニーズはもちろんいたが、SMAP以降と以前でまた毛色が違うように思う。TOKIOもV6もKinKiも嵐も、その更に若いジャニーズグループたちも。人気が出る、長く続くということはそんなに簡単に出来ることじゃない。しかも自分が頑張れば出来ることでもない。

 

28年。

すごい数字だ。

忘れようにも忘れられず、

なかったことにも

塗り替えることも出来ない思い出。

 

 

スマスマの最後、世界に一つだけの花を歌うSMAP

背後にたくさんの花。

 

解散、という別れ。

 

なんだかお葬式のようだな。と思った。

 

春に祖母が亡くなったことと重なった。

 

グループの解散は、人の死と似ている。

 

実際SMAPの面々は死んでしまうわけではないけれど、

もうSMAPとしては会わなくなる。歌も聞けなくなる。

 

Twitterで『泣くなら解散しなきゃいいのに!解散しないで!』というファンの言葉をたくさん見た。

わかる。すごくわかる。私もV6が同じ道をたどったらそう叫ぶに違いない。

 

けれどこれは、『死にたくないなら死ななきゃいいのに!』と祖母に言うようなものなのかもしれない。

 

病気を患った祖母。

当然生きたかっただろう。

ひ孫の成長をもっと見たかっただろう。

元気に畑に行きたかっただろう。

 

でも、病気だったのだ。

 

 

SMAPも同じなのかもしれない。

ファンのために、続けたかった。

諍いの姿を見せたくなかった。

5、60年一緒にいたかった。

 

でも、もう治せない病気だったのだ。

 

祖母が自分の体をもうどうしようもなくなったように、

彼らも自分たちに生じた歪をもう、どうしようもなくなったのだ。

 

祖母が、何もわからず寝たきりになる前に旅立ったように、

彼らもファンを思ってこそ、今の場所を旅立ったのかもしれない。

 

続けて、とファンはいうかもしれないけれど

 

SMAPにとって、ボロボロの姿をファンに見せたくなかったのではないか。

 

 

 

 

とにかく言える事は、今までありがとう。

 

本当にこの言葉に尽きる。

 

たくさん元気を貰ったのだ。

 

彼らの今後を、暖かく見守るのが

恩返しでは、と思う。

 

 

 

ありがとうございました。

お疲れ様でした。

 

 

 

 

祖母の言動が私の生活のあちこちで甦るように、

SMAPの曲も、メンバー一人ひとりも、

きっとこれからも日本中の人の心の中に残り続けるだろう。