あたまの中の引き出し

備忘録のような分析のような日記のような

似顔絵を描く勇気、描かれる勇気

仕事なんかに出来るレペルじゃなく、頼まれて描いてみた程度に何回か似顔絵を描いたことがある。

そこで思ったのは、

似ている≠可愛い ではないということ。

描いてと頼む側は「可愛く自分を描いてくれること」を少なからず期待している。
でもいざ似顔絵を描く、似せて描くためには、そのひとの個性を大げさに誇張して描く必要がある。

その個性はもちろんいいものばかりではない。

例えば広い額、一重まぶた、大きな鼻、目尻のシワ、しゃくれた顎、エラの張り……

「似せる」ためにはその人が指摘して欲しくないところも絵にしなくてはならない。

しかし(特に女性は)それを絵にすると「どうせあたし〇〇だもんね」やら「そこうまく誤魔化してくれればいいのに!!」となり、喜んでくれるどころか気まずい空気になる。

しかしすべての個性をなくしいいところばかり描くとみんな同じような顔になり「なんか似てないー」となるのだ。


逆に個性のない美人は描きづらかったりする。
ホクロやメガネ、個性的な髪型はそれだけで似てるように思うから楽。


描くのが難しい、というよりは相手の個性との駆け引きがなんとも難しい。それが似顔絵のように思う。

これがまだ商売として、ならわかる。
しかし相手が上司やら友達だとよけい気が引ける。


描いて!と頼む方はそれなりの覚悟をしてほしい(自分の嫌なところを受け止められるか否か)


でもそれ以上に、
嫌なところを描きつつそれが気にならないくらい元気の出るような可愛いそっくりな似顔絵を描けるようにもなりたいと思う。


小心者なので相手のウィークポイントを堂々とかけるまでに時間がかかりそうだけど。




おしまい。